東京大学名誉教授 山本良一
エシカル(ethical)とは倫理的、道徳的という意味で、エシカル消費とは人や社会、環境に配慮した製品やサービスを自発的に選択して消費することを意味する。
倫理的消費、エシカル消費と言われると多くの人は少し身構えてしまうが、実は日常生活の中でわれわれが普通に実践している消費行動が多い。
例えば、地元の商店で、地元で採れた野菜や果物を購入する、食事は食べ残しが出ないようきれいにいただく、近くには車でなく自転車か公共交通機関を利用する、被災地の商品を積極的に購入して応援する、途上国の生産者を支援するために少し高くてもフェアトレード商品を購入するとかである。
ところがこの半世紀もの世界経済の発展でわれわれを取り巻く状況は一変した。建物や鉄道など人工物の総重量は30兆トンと推定され、人類の総重量3億トンに比べて10万倍も大きい。人類の総重量はすべての動物の重量の30%を占め、家畜化された動物の総重量は67%であることから、野生動物は3%と極めて少ない。
人類は今や雪や氷に覆われていない世界の陸地の43%を使用し、農耕地は南アメリカ大陸のサイズ、牧草地はアフリカ大陸のサイズに達している。
2018年10月22日に公表された経済協力開発機構(OECD)の最新の報告書によれば11年において人類の使用する原材料資源の利用量は790億トンであり、60年には1670億トンに達すると推定されている。人類は地球温暖化に代表される様々な環境問題や社会問題に直面し、その解決のために15年には国連においてパリ協定や持続可能開発目標(SDGs)が採択された。パリ協定の2℃目標やSDGsを達成するにはこれまでのような浅いエシカル消費では到底足りず、深いエシカル消費が求められているのである。
深いエシカル消費を可能とする社会の大転換も必須である。
具体的には先進国では50年までに1人あたりの年間資源使用量を5分の1に削減し、二酸化炭素の1人あたりの年間排出量を10分の1に削減するような大転換が求められている。そのために脱物質サービス経済、循環経済、シェア経済、社会連帯経済などと呼ばれるような経済への移行が提唱されている。本稿では深いエシカル消費がなぜ必要かを中心に論じてみたい。
1.世界的な極端な気象の頻発の背景―65%に地球温暖化の影響
18年は世界的に極端な気象に見舞われた年である。
7月には日本が猛暑や豪雨に見舞われた一方、北アフリカや米国西海岸で記録的な高温になった。アルジェリアのワルグラで7月5日に過去最高気温51℃を記録した。オマーンのマスカットの南部では6月28日に夜間になっても気温が下がらず、一日の最低気温としては記録的な42.6℃を観測した。米国西海岸、カリフォルニア州のデスバレーでは7月8日に52℃を観測している。このような極端な気象の頻発にはまず地球温暖化の影響が疑われる。
しかし人間活動が原因の地球温暖化は気候の変化であり、個々の極端な気象にこの気候変化がどのように関与しているかは直ちには明らかでない。自然変動によっても極端な気象は発生するからである。しかし地球温暖化によりそのような極端気象の発生確率が増加しているとか、それが起きた時に強度あるいはその期間においてより激しくなっているということは要因分析(イベントアトリビューション=EA)によって言うことができる。
アメリカ気象学会は12年以来EA研究を毎年BAMS(米国気象学会誌)に掲載している。17年までに131のEA研究が公表されている。極端気象の65%が地球温暖化によってその強度あるいは発生確率が増加しているが、残りの35%については地球温暖化の寄与は認められなかったと結論されている。
気象研究所の今田由紀子氏らの最近の研究によれば、地球温暖化の影響がなければ18年の7月のような日本の猛暑が発生する可能性はほぼなかったと結論している。このように100%地球温暖化の影響が認められた極端気象については、各国の歴史的排出量からその歴史的責任の割り当てが議論されることになるかも知れない。
2.「1.5℃ターゲット」を守るには空前の努力が必要
人為起源の温室効果ガスの大気中への大量放出により地球のエネルギーバランスが崩れ、入射エネルギーより放射エネルギーがわずかに小さく毎日地球表面に余分に蓄積される熱量は最新のデータで広島型原爆の爆発エネルギーに換算して約60万個分に相当する。これが地球温暖化の根本原因である。
18年10月8日にはIPCCの1.5℃特別報告書が公表された。BBCは気候崩壊から世界を救う最終判断を迫る報告書だと報じた。
世界の平均気温は産業化前と比較して既に1℃上昇している。現在のCO2排出量の速さでは1.5℃目標の突破は2040年と予想されている(30~52年の範囲)。サンゴ礁は1.5℃上昇で7~9割減少するが、2℃の場合にはほとんどが消失する。夏の北極海氷については1.5℃の場合、1世紀に1回消滅する可能性があるが、2℃の場合は10年に1度の割合で消滅すると予測されている。グリーンランド氷床の持続的融解を引き起こす臨界点は1.8℃と推定され2℃目標では大幅な海面水位の上昇を招く恐れがある。このように2℃目標よりも1.5℃目標の方が世界にとって利益が大きい。1.5℃目標を守るためには30年までに10年水準の正味のCO2排出量を45%削減し、50年頃にゼロにする必要がある。1.5℃目標を守るためにはエネルギー効率の改善やゼロ炭素エネルギーへの転換だけでは間に合わず、大気中の二酸化炭素の除去技術(NETs=Negative Emissions Technologies)が必要となる。IPCCによればNETsにより今世紀半頃には毎年100億トン程度の二酸化炭素を除去しなければならなくなる。1.5℃目標を守ることはまだ不可能ではないにしても空前絶後の努力が必要だ。
2018年に入って欧米各国はネガティブエミッション技術を真剣に検討し出している。英国王立協会や全米科学アカデミーは相次いでNETsの報告書を公表した。
このような世界の状況は日本国内では十分に報道されていない。
3.1500名の科学者の警告を真剣に受け止めよ
25年前、米国の憂慮する科学者同盟と当時生存していた科学分野のノーベル賞受賞者の大半を含む1700名以上の科学者が、“世界の科学者の人類に対する警告”を公表した。これらの科学者は、人類に対する多くの厄災を避けるには環境破壊を縮小し、地球とそこに生息する生命についての我々のスチュワードシップ(管理保護責任)の強化が必要だと結論した。そのマニフェストで、人類は自然界と衝突コースにいることが示された。そこで指摘された問題は、オゾン層の欠乏、淡水の利用可能性、海洋生物減少、海洋酸素欠乏領域、森林減少、気候変動、継続する世界の人口増加である。
衝突を回避するためには基本的な変革が緊急に要請されるとした。
17年11月、184ヶ国の1500名程の科学者は2度目の警告を行った。それによると、人類は“オゾン層の欠乏”以外は問題の解決に失敗し、事態を悪化させてきた。特に化石燃料の燃焼、森林伐採、農業生産によって温室効果ガスを大量に放出し、壊滅的な気候変動危機を招いている。また第6番目の生物絶滅を引き起こしている。人口の抑制と1人あたりの化石燃料、肉、その他の資源消費を劇的に減少させるなど13の政策が提案されている。エシカル消費の実践は地球市民の社会的責任である。
4.エシカル消費は良心的消費であり社会貢献
消費者は単に自己の利益だけでなく、国内のみならず国境を越えた他国の人々や、時間を越えた子孫のことまでも考慮した商品選択を行なうことが求められる時代に入った。すなわち、製品の生産者である企業のみならず消費者にも環境配慮、社会配慮の社会的責任がある。
エシカル消費(倫理的消費)とは、既に述べたように“地域の活性化や雇用なども含む、人や社会・環境に配慮した消費行動”のことである。その具体的商品例としては障がい者支援につながる商品(人への配慮)、フェアトレード商品、寄付付きの商品(社会への配慮)、エコ商品、リサイクル製品、資源保護等の認証がある商品(環境への配慮)、地産地消、被災地商品(地域への配慮)、動物実験をしないで開発された化粧品(動物福祉への配慮)などがある。
ここでエシカル消費の歴史を簡単に振り返っておこう。フェアトレード(公正貿易)や社会的責任投資の歴史は古く米国で開始されたと言われる。1982年には国際消費者機構が消費者の8つの権利と5つの責任をまとめている。88年にはグリーンコンシューマーガイド、ショッピングフォーベターワールドが出版され89年には英国マンチェスター大学の学生達がエシカルコンシューマー雑誌を発刊した。やはり社会が大きく動いたのは92年のブラジルの地球環境サミットで持続可能な消費概念が提起されたことである。96年に環境マネージメント国際規格(ISO14001)や2010年に社会的責任に関する手引き(ISO26000)が発行されたことが企業をサステナブル経営の方へ大きく動かした。あらゆる分野においてエコ、サステナブル、エシカルな消費と生産が中心的な問題となってきたのである。1996年にはグリーン購入ネットワークが設立され、99年にはエコプロダクツ展が開始された。2000年にはグリーン購入法が、07年には環境配慮契約法が制定され、低炭素、循環型社会の推進に大きく貢献した。
しかしながら、その速度は遅くパリ協定の1.5℃目標を守ることやSDGsの達成には全く不十分である。中川雅治前環境大臣はこのような背景から、18年6月15日に環境省の国際イニシアチブRE100への参画を表明した。RE100は企業が遅くとも50年までに再エネ100%を達成することを表明するグローバルな取り組みである。
消費者庁は2015年に「倫理的消費」調査研究会を設置し、広い角度から倫理的消費の拡大による消費者市民社会の形成を検討した。その結果、消費者庁はエシカルラボを全国的に開催してエシカル消費の普及に取り組んでいる。
徳島県は2018年10月10日全国に先駆けてエシカル消費条例を制定した。この条例は、第1条において「消費者市民社会の構築に関し、基本理念を定め、県の責務並びに消費者、事業者及び関係団体の役割を明らかにするとともに、消費者市民社会の構築に関する必要な事項を定めることにより、消費者自らの消費生活における人権、地域及び環境に配慮した消費行動を推進し、現在及び将来の世代にわたって、公正かつ持続可能な社会の形成を図り、及びその発展に寄与することを目的とする。」としている。
県は「基本理念にのっとり、物品及び役務の調達に当たっては、予算の適正な執行並びに契約における経済性、公正性及び競争性に留意しつつ、地域の活性化、雇用なども含む、人、社会及び環境に配慮した調達の推進に努めるものとする」としているが、浅いエシカル消費ではなく、どこまで深いエシカル消費を実践させることができるかが課題である。
5.組織を越えエシカル消費を推進
このような地球生態系存続の危機、人類文明存続の危機に直面して、宗教・宗派を越えた危機意識の表明が行われている。08年には「行動するのは今だ、気候変動についての仏教者の宣言」が公表され、ダライ・ラマ法王は最も厳しい大気中のCO2濃度目標350ppmを支持し、この宣言に最初に署名した。ローマカトリック教会のフランシス法王は「地球を保全せよ、保全しなければ地球が私たちを滅ぼすだろう」と警告している。14年には80名余のキリスト教の神学者、宗教指導者らが以下のような“化石燃料への投資を止めて再生可能エネルギーへ投資することを支持する声明”を発表した。
このような呼びかけに応えて化石燃料からの投資撤退(ダイベストメント)が燎原の火の如く拡がっている。現在、993団体が総額790兆円もの資金を化石燃料関連企業から再生可能エネルギー関連の企業へ移した。その中心を担っているのは宗教団体や慈善団体、大学である。欧米の著名な大学、世界銀行、ニューヨーク、パリ、ロンドン、ベルリン、ワシントン、ストックホルムなどの都市もダイベストメントを開始している。これに対して日本国内でダイベストメントを表明している宗教団体、大学、自治体はまだない。
6.エシカル消費の普及で社会を大転換せよ
エシカル消費は日本でなぜ広がっていないのか。国内の有機農業の耕地面積は0.2%程度、欧米、中国、韓国より低い水準である。国民の持続可能な農業への関心と理解が低く、一般のスーパーにオーガニックのコーナーがほとんどない。環境産業は順調に発展し、2016年に市場規模は104兆円、雇用規模は260万人に達している。グリーン購入法によって政府系機関のエコプロダクツの公共調達は進んでいるが、地方公共団体、中小企業、消費者への普及が遅れている。アニマルウェルフェア(動物福祉)については世界の流れに追いついていない。社会全体の意識の遅れがあり、例えば母豚の妊娠ストール(檻)使用、搾乳牛のつなぎ飼い、採卵鶏のバタリーケージ(足元が金網になった狭いかご)使用などほとんど変化がない。海洋管理協議会の海のエコラベルMSCは日本では全く普及していない。持続可能な漁業に対する社会の意識の遅れが原因である。米国やヨーロッパが世界におけるESG投資額の40%から50%を占めるのに対し日本は2%であり遅れている。
このような中で日本の公的年金を運用するGPIFが炭素効率の優れた企業に1.2兆円を投じたことは心強い動きである。また20年の東京オリンピック・パラリンピックの持続可能な調達コードが公表され、国際水準のエシカル、サステナブル消費に追いつき追い越せという動きが出てきたことも評価される。
一部企業は持続可能な調達ガイドラインを制定し、また50年までに自然エネルギー100%目標を掲げ始めている。この絶好の機会に20年までに東京はじめ日本の主要自治体は徳島県を上回るエシカル消費条例を制定し、エシカル宣言を公表し、エシカル消費教育を強力に推進することが求められる。政府はこれらの動きを加速すべきである。
公明党*はエシカル消費をリードするのにふさわしい党是を持った政党であり、直ちに行動を起こすことを期待したい。
※本記事は、2019年1月号の月刊誌『公明』に寄稿したものです