生駒芳子
ファッション・ジャーナリスト/伝統工芸ブランドHIRUMEプロデューサー

加速してきた20年

少し、頭を冷やしたらどうでしょうーー? そんな気持ちを抱いていたのは、2000年以降のファッション・マーケットを眺めていた時のこと。ファストファッションによる加速する大量生産。まるでその波に呼応するかのように、小刻みにトレンド発信し続けるファッションブランド。年に複数回のコレクション発表に加え、セレブリティとコラボレーションした限定ものの販売を重ね、ここからセレブリティのインスタ発信が加熱し、ファッションショウのニュースもインフルエンサーにより瞬時に世界中のオンラインに溢れ出た。
過剰在庫に値引き乱発が止まらないーー この加速現象のおかげで、ここ20年、高級ブランド市場の収益の成長は、10倍にも至ったと言われる。一方で、その反動であるかのように、コロナウィルスが蔓延する直前、すでにファッション界にはエシカル・ SDGsの波が押し寄せてきていた。2015年に国連により採択されたSDGsは、欧米の投資家たちを後押しし、ファッションマーケットにも圧力をかけ始めた。社会貢献しない企業には資本を投下しない、という流れから、動物愛護の観点から毛皮を排斥する動きが一気に加速し、アップサイクリングが隆盛し、ファッションの大量生産・大量消費・大量廃棄が声高に問題化されはじめてきた。

沈静化とこれから

アクセルとブレーキを同時に踏むようなファッションのこうした状況が、コロナウィルスの蔓延により、いま様々な変化をもたらし始めている。
4月に入り、ファッション界は衝撃のニュースを手にした。名だたるラグジュアリーブランドが、香水の工場で香水の代わりに消毒液を生産し、本来はラグジュアリーなバッグを縫うはずの工場でマスクや防護服が生産されるようになった。経済より、人の命——その方程式は、いずれの国においても変わらない。ファッションブランドがコロナ禍(戦時下、というべきか?)においてできる貢献は、実質的なところ、このような実際的な物資の提供なのだ。ニューヨークでは、サプライチェーンの無駄をなくすために2018年に設立された「ザ・ワールドワイド・サプライ・チェーン」という団体が、 COVID-19イニシアチブを立ち上げ、医療従事者の防護服の需要に追いつくために、ファッション業界やグッズのメーカーと、病院に提供するための資材を確保する支援団体とを結びつけ、ファッション業界が医療業界を直接サポートする動きも出てきている。
言うなれば、沈静化現象、である。お祭りのためのファッションではなく、命を守るためのファッション。人を守るーー衣料の原点が見える日々が続く。
サプライチェーンに関して言えば、ファストファッションの肥大化した途上国での生産のサイクルには、コロナ禍においては強制的にストップがかかっている。また中国生産に頼ってきた日本のアパレル業界も、生産がストップするというかつてない危機的状況に一気に追い込まれた。
加えて、ラグジュアリーファッションの王者とも言われる、ジョルジオ・アルマーニ氏の発言が注目を集めている。

「今回の危機は、業界の現状を一度リセットしてスローダウンするための貴重な機会である」

と、 WWDの記事でメッセージしている。真夏に秋冬の厚手のコートを店頭に並べ、真冬に春夏の薄手のワンピースを並べるという、不自然な小売のサイクルについて、もうこれは続けるべきではない、と指摘する。年に小刻みに何度も行われる展示会や大掛かりなショーの開催は、経費の無駄遣い。誰かが NO, STOPを言わない限り、変わらなかったこのヒステリックな状況が、コロナ禍という台風襲来により、一気に変わりそうな気配を感じる。

「間違いを正して人間らしさを取り戻すためのユニークな機会でもある」

と言うアルマーニ氏。自身は常に、時代を超えたタイムレスなエレガンスを追求してきたというが、まさに、これからは、愛すべきものと出会い、長く付き合うことが本当の意味での“おしゃれ”と言えるのかもしれない。
また、これまで、『できれば』『なるべく』と「期待値」レベルで語られてきたエシカルや SDGsの流れが、これからは『せねばならない』「必須」な課題となることが決定的となったようにも思える。人の命を通して、地球の命の重さも、今まで以上に深刻に感じられるようになったからだ。海洋プラスチックゴミの再生繊維が話題となり、アップサイクリングが今や当たり前の生産方法の一つとなり、無駄の出ないファブラボ的生産方法も広まり、また手作りや伝統工芸といった職人の技の世界もますます興味を持たれている。

フィジカルとデジタル

パリでもミラノでも、ファッションショウの会場といえば、人々が肩を寄せ合って座り、熱気に包まれ、フロントローは社交界のような機能を果たしてきた。
まさに三密の世界そのもの。一体、ファッションショーはどうなるの?と、ソーシャル・ディスタンスな今、誰もがそう考えるが、すでに始まっているのは、デジタルでのコレクションの発表だ。上海ファッションウィークはこの春、コロナ禍真っ只中の時期に、アリババのECサイトと組んで、オンラインで開催。パリやミラノでも、すでにオンラインでのコレクション発表、さらにはデジタルを駆使したクリエイティブな未来的なコレクションの計画が進んでいる。
それではパーティはどうなる?展示会はどうなる?と疑問が湧くが、すでにオンライン飲みが日本でも広まっているようだし、欧米ではスクリーン上でディナーやパーティを楽しむことが日常化しつつある。デジタルを駆使して、場の盛り上げを創造する動きが、トップレベルでのプロデューサー達の手により、開発が進んでいる今こそ、またコロナと共生する日々の中、フィジカルに実際に人々が集まり、安全に交流する新たな形も創造=発明されるべきなのだ。デジタルとフィジカルのミックスこそが、新しいコミュニケーションの方向性だ。

ファストからスローダウンへ

大御所セレブでトップモデルの、ナオミ・キャンベルが、防護服を着て旅に出かけた写真はニュースとなったし、

「ポストコロナは、シンプルに簡素に暮らしたいわ」

と発言したことも話題となった。それはとてもわかりやすい変化だ。ファッションが虚栄のためにでなく、人の命や生活を守るためにある、ということを身をもって感じた、セレブの正直な言葉だ。ナオミ・キャンベルをそう言わせるくらいに、コロナ禍の衝撃は大きかったと言える。また、ファッションデザイナーのドリス・ヴァン・ノッテンが中心となって立ち上げられた、正常な取引や販売を目指す「ファッション業界への公開書簡」が話題となっており、夏に秋冬物を販売し、冬に春夏物を販売するという季節外れの商習慣や、年中セールするという体制を是正していくことを提案している。言うなれば、 back to new normal, 足元にある正常な状態に戻ろうという動きが、コロナ禍により、浮かび上がってきている。「熱を帯びたファッション界を、いっきに沈静化させ、人々の視線を足元に振り向け、ヒューマンセントリック(人間中心)な状況へと導く気運をもたらしたという意味において、人類がコロナ禍の時代を経る意味はあった」と、10年後くらいに私たちは客観化して分析しているかもしれない。 今この原稿を書いているのは、緊急事態宣言が解かれる間際の5月下旬。実は今日、江戸小紋の職人さんとインスタライブを開催し、ポストコロナのものづくりについて対話したばかりだが、

「STAY HOMEで時間がたっぷりある中で、今までとりかかれなかった濃い特別なものづくりに取り組めて、本当に良かったです!」

という極めてポジティブな言葉をいただいた。ものづくりの未来、消費者の心理を含めて、ファッションはこの先、どこに向かうかーーその答えを引き続き模索、検索していきたい。

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